大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成4年(あ)28号 決定 1994年7月08日

国籍

韓国(忠青南道青陽郡化城面花江里四九二番地)

住居

石川県輪島市新橋通六字四番地の九

会社役員

姜錫采

一九四〇年二月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成三年一二月五日名古屋高等裁判所金沢支部が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本上告を棄却する。

理由

弁護人堀口康純の上告趣意は、判例違反をいうが、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

平成四年(あ)第二八号

○ 上告趣意書

被告人 姜錫采

右の者に対する所得税法違反被告事件について、上告の趣旨は左記のとおりである。

平成四年二月二四日

右弁護人弁護士 堀口康純

最高裁判所第三小法廷 御中

一 はじめに

(本件の経過、概要と上告趣意)

上告趣意は後記のとおり、刑訴法四〇五条の判例違反であるが、その主張を明らかにするため、はじめに本件の経過と概要を以下に述べる。

1 本件は、パチンコ遊技場を営む被告人に対し、昭和六三年四月七日に、国税当局によって差押と質問・調査が開始され、約一年三ヵ月にわたって国税局及び検察官の捜査がなされた。そして当局は、帳簿等必要書類は全て確保した上、被告人を含めた関係者に多数回の質問・調査をし、被告人らはこれに応じた。

被告人は、収入と仕入水増の事実については当初から、当局の調査をそのまま全て認めて争はず、しかし、支出について、貸倒れ損失をはじめ、主として接待交際費及び旅費交通費について、簿外の支出がある旨主張・陳述し、上申書を提出し経費としての認容を求めた。

2 その結果、検察官は、公訴事実の認定及び特定にあたり、損益計算法によって収入、支出及び所得金額を認定し、起訴に至ったのであるが、支出のうち、被告人が簿外支出のあることを主張した前記接待交際費及び旅費交通費等について、実額ではなくいわゆる推計の方法による認定法を用いた。

3 被告人は右の公訴事実に対し、第一審において、これまでどおり収入金額を認めたが、支出のうち主として接待交際費及び旅費交通費については、検察官の推定金額以上の簿外の実額の支出がある旨主張し、その内容を上告書の形式で証拠として提出し、被告人質問で上申書記載の支出の真実性等について供述した。

そして、検察官の認定した支出の推計は合理性を欠くものであるから、裁判所において推定をし直し、適正な支出を認定し所得額を認定すべき旨主張した。

4 第一審判決は、接待交際費等について推定の方法により支出額を認定し、損益計算法により、検察官の主張をそのまま認め、ほ脱所得額を認定し、税額を算定した。

そこで被告人は、事実誤認及び量刑不当を主張して控訴した。

被告人は、捜査、第一審及び原審において、簿外の接待交際費及び旅費交通費の支出を主張したのは、一つには被告人の、パチンコ遊技場の営業上右の支出を必要とし現実に支出したからであるが、事業収入から経費とならない家計等の支出金額を考慮しても、仕入水増による除外所得を、他人名義等で預金した約三〇〇〇万円以外に増加資産はなかったからである。

二 判例違反

1 原判決は以下に述べるとおり判例(昭和五四年一一月八日第二小法廷決定・刑集三三・七・六九五)に相反する判断をなしている。

2 判例の内容

(一) 前示判定は、租税ほ脱所得金額の認定にあたりいわゆる推計の方法を用いることの可否についての判断を示している。

判示事項の要旨は、

「租税ほ脱犯におけるほ脱所得の金額の認定にあたっては、いわゆる推計の方法、すなわち財産・負債の増減、収入・支出の状況、取扱量、事業の規模、対比に値する同業者の業績等を示す間接的な資料から所得金額を推認して認定する方法も、その方法が経験則に照らして合理的である限りにおいては、当然に許容されるべきものであり、要は、それによって合理的な疑いをさしはさむ余地のない程度の証明が得られればたりる。」としている。

(二) 右の判示事項は次の四点を明らかにしている(右の決定に対する判例解説など)。

<1> ほ脱所得の金額を認定する場合に用いることのできる推計方法の具体的内容。

<2> 推計方法を用いて行う所得金額の認定は刑事事件において間接的な資料から所得金額を推認して認定をすることにほかならない。

<3> 推計方法が合理的である限りにおいてこれを用いた認定が刑事裁判においても当然に認容される。

<4> 証明の程度については合理的な疑いをさしはさむ余地のない程度の証明を必要とする。

(三) 右の判示に従えば、推計の方法を用いてほ脱所得の金額を認定することは、経験則を用いて状況証拠から犯罪事実を認定することの一つの態様であり、要証事実が所得金額であっても、刑事裁判における事実認定の一般原則に例外を認めたものではないということになろう。

この点に関連し、ほ脱罪の構成要件事実は、ほ脱額とその算出根拠であるほ脱所得の金額までであり、その認定方法はこれに含まれないという見解がある。

しかし、事業所得について、「損益計算」の方法によってほ脱所得を認定される場合において、収入金額又は支出金額の、ある勘定科目の支出金額(例えば本件の争点である接待交際費など)について、いわゆる推計の方法によってその額を認定するときは、所得の実額は当然に要証事実であるが、右の支出額も又要証事実とみなければならない。

従って、右の支出額を推計の方法によって認定する場合は、前示判例の判断に即してなされなければならない。

(四) 又推計の方法のよる場合であっても、前示のとおりその証明の程度は刑事裁判における事実認定の原則に従うことを要するのであるから、推計の方法による所得金額の認定は、所得税法一五六条所定の推計課税による推計とは異なるのである。

3 原判決の判断と判例違反

(一) 控訴理由の要旨

被告人は、第一審判決が、<1>被告人の昭和六〇ないし六二年の各所得金額の認定をするにあたり、収入から控除すべき支出である必要経費及び接待交際費(以下接待交際費という)の額の認定を誤っていること<2>右支出額の認定の誤りは、不合理な推計の方法に基因していること<3>その結果所得金額の認定に事実誤認がある旨の主張をした。

(二) 原審判断

(1) 原判決は、理由第一の一「原判決の推計方法が不合理であるとの主張について」の判断として、

「原判決(一審判決)は、捜査段階における被告人の簿外支出についての主張等に基づいて接待交際費等を推計し、それを検討するのに同業者比率法を用いているのであり、しかも、その同業者比率法の手法は合理的であって信頼するに足るところ、右の推計の結果も同業者比率法による経費率とそごすることがないことが確かめられているのであるから、この点の事実誤認はない」

と論理づけている。

(2) この点についての第一審判決は、認定・判断の手法として、(争点に対する判断)二の3において、

「国税当局は右の存在した直接資料及び被告人の主張する右簿外支出の一部が公表帳簿に記載されていることから、・・・・・被告人の簿外支出の大部分を認め推定課税を行ったものである」

として、右推計方法が合理的であるか否かについて検討を加え、同業者の接待費の経費率との対比をした上、被告人の公判廷提出の上申書の信用性をも検討し、結局被告人の接待交際費の支出額は、国税局の認容が相当であり、公判において被告人が提出し上申書による支出の主張は信用できないと判断している。

(三) 判例との相反点

(1) 右一審判決によれば、接待交際費等の支出について、国税当局の「推計課税」は合理性があるからその認容額を推計して認定したというものであるし、原判決の判断は、第一審判決は、被告人の主張等に基づいて接待交際費を推計し、同業者の経費率と比較しても齟齬がないこととしているにすぎない。

(2) 所得金額の認定にあたって推計の方法を用いることのできることは、前示のとおりであるが、そもそも所得金額は実額を認定する必要があって、損益計算法による場合の支出金額もまた同様である。そして推計の合理性は、その推計の結果が、実額を超えないという保証があってはじめて許容されるものであるのであるから、財産増減法等によって検証をなすことによって、その合理性が担保される。

しかし第一審判決はもとより原判決も、接待交際費等の支出額を、推計の方法によって事実認定するにあたって、推計そのものについての合理性についての検討しないで、推計の結果を同業者の経費率と対比しただけで合理性ありと判断しており、他に合理性ありと理由を全く示すところがないのであるから、原判決は前示判例に相反することは明らかである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例